社会人になって32歳の時、英語を勉強するためにスイスに留学しました。当時は離婚という人生の転機を迎え、「何かやらなきゃ」って思いが強くて。数年に渡り語学や秘書学を学んだ後、オーストリアのマーケティング会社で働くことに。日本では男性が主体になって仕事をしている時代に、そこでは女性スタッフがいきいきと働いていました。
あるとき、職場に見知らぬ女性がやってきて仕事をしていました。ほかのスタッフに誰かと尋ねると、臨時で働きにきたテンポラリースタッフだって。仕事を休んだ人の代わりに、どこからか人が派遣されてきて、さっと仕事をこなし帰っていくのです。その様子を見て、「かっこいいなあ」と思いました。それと同時に、ずいぶん便利な制度があるものだ、と。日本に帰ってきてから、女性が活躍できる環境がないことに落胆し、就職せずに人材派遣事業をスタートさせました。六本木にマンションを借り電話と机をひとつずつ用意して、小さなパンフレットを作り、外資系企業に飛び込み営業しました。

その頃日本では派遣システムは一般的ではありませんでしたが、欧米ではそのシステムは浸透していたため海外企業では理解されました。当時は苦しくて、日銭を稼ぐために英会話スクールを開いていたことも。無我夢中でしたね。企業側はタイピストや英語速記ができる即戦力を求めていたので、会社に中古のタイプライターを用意して、タイピングの練習をしてもらったりもしました。それが今では、資格取得やPCを学べるスクールの開設や、自宅のパソコンで学習できる「eラーニング」の導入などへと発展し、スキルアップを支援しています。また、現在では保育施設の運用や介護サービスも実施しています。少子高齢化を見据え労働力アップのためには子育て支援や介護支援が必要ですし、あらゆる年代の人にあった仕事を紹介したいと思っていますから。
私がここまでこられたのも、社会の要請があり働いてくださる派遣スタッフや派遣サービスを使ってくださる企業、そして社員皆が頑張ってくれたおかげ。そのことに感謝し、自分もいい会社にしなくてはという責任感で仕事をしてきました。
失敗は成功の母。やらなかったことを後悔するより、やって失敗したほうがずっといい。失敗した分だけ成長しているのですから。