原点は、子どもの頃も今も、童話なのです。たとえば「ごんぎつね」(新美南吉)では、お百姓さんに栗をあげていた狐が、いたずらと誤解され撃たれてしまいますが、息をひきとる間際に、お百姓は分かってくれる。人肌のぬくもりが伝わるような童話が好きで好きで、しかしなぜ好きなのかは分かりませんでした。いま『ひょっとして、そうかな』と思うのは、自分のためより他人のために生きるほうが胸がわくわくする、それが伝わってくるからじゃないか、ということです。
独研(独立総合研究所)の理念は、まさしくそれです。
小学生時代から、ものを書いて新聞や文芸誌に掲載されていましたが、作家になる前にまずは、直接に世の中をよくする仕事をしたいと思って記者を目指し、早大政経学部から共同通信に入社。事件記者から始まり経済部を経て政治部へ。20年間で学んだのは、年齢や性別、仕事に立場、主張の違いを越えて「人の懐へ入る」こと。こうして造った人脈の広がりと深みが今も、独研の土台です。
ペルー日本大使公邸人質事件で真実を報道しきれなかったことを機に記者を辞めようと決意し、共同通信社を依願退職して三菱総合研究所の研究員に。外交・安保から為替・金融政策まで国家の総合戦略を立案するため、諸国の政府や軍の当局者と議論するうちに、日本のシンクタンクは旧財閥や証券会社、銀行などとつながる既得権益のなかに浸かっていると実感しました。

そうしたシンクタンクにも役割はある。だけど「どんなヒモもついていない民間の知恵も、日本の本当の独立には欠かせない」と考え、49歳のときフェアな立場で調査研究を行う「独研」を創立しました。エネルギー安全保障などの社会科学分野と、メタンハイドレートを国際特許の新技術で見つけるなどの自然科学分野の両分野で実績を積み、警察庁からテロ対策専門家が研修生として学びに来た唯一の民間シンクタンクです。株式会社であるのは、坂本竜馬がつくった日本初の会社「亀山社中」と同じく、食い扶持は自分で稼いで、自由自在な立場でいるためです。
みなさんには、人と接するとき、その人の一番いい部分を見つけ、そこを尊重して向き合うことから始めてほしい。その積み重ねが、「自分のためより人のために生きるほうが面白いかな」という気持ちを育んでくれるでしょう。