もともとプロボクサーとしてリングに立っていたのですが、成績が振るわず引退。その後、何かをやろうと思った時に、親父がひとりで「プラスチックを扱い3次元立体物を作る」光造形会社を経営していたのでそこに就職しました。その業種に興味があったというわけではありませんが、光造形の業界自体、日本では20数年しか経っておらず、「ライバルが少ない分トップを狙える」という戦略がありましたね。
4年間親父と経営を共にした後、自分が社長として代替わりしました。けれど、ひとりだけでは経営に不安があり、取り引きのあった金属を扱う鋳造会社の創業者・鈴木浩之氏を専務取締役に迎え入れました。彼は会社を興す努力や目的意識のほか、ものづくりの思考が長けている人なので、営業を得意としていた自分と能力を補えば、会社の成長をより加速できると思ったのです。同族経営というのも嫌でしたしね。彼が入ったことで、これまでのプラスチック業態だけでなく、金属が扱えるようになり仕事の幅がぐんと広がりました。携帯電話でもなんでもプラスチックだけで作られている製品は少ないので、両方を扱う複合的なマーケットに参入できたのが大きな収穫です。

このほか、社員数は当時10人まで増えていたのですが、会社をより成長させるため、自分の方針とは違う意見を持つ社員たちに退社してもらい、社内改革にも着手。意見の違いやズレがなくなったため仕事の受注判断などが迅速に行え、業績も自然と伸びました。
今後の展望としては、海外に流出してしまうものづくりに、どう歯止めをかけるか。美観に関して、歪みや模様など、品質チェックの厳しい日本製品は世界でトップの品質です。その付加価値のつく日本生産品を、海外で作る大量生産品と住み分けして守っていかなければなりません。世界で一番の文化を守るため、自分たちもしっかりしなければならないと思います。
最近はせっかくやりたいことがあるのに、チャレンジしないまま就職してしまう人がいます。まずはその夢に挑んでって思う。これから働く時間は長いのですから。何回やりなおしたって構わないから、やりたいことは全部やってみるのが一番です。