終戦間近に生まれた私の幼少期は、他の家庭と同じようにとても貧しいものでした。父は日雇い仕事をし、母は米を売り生計を立てていました。その頃の記憶といえば、両親の仕事の手伝いばかり。小学校の頃から、学校から帰ると仕事を手伝うというのが当たり前でした。勉強はあまり得意な方ではありませんでしたが、何とか四年制大学に進学することができました。ただ、両親とは「学費や生活費は自分で稼ぐ」と約束をしていたので、学生時代はアルバイトに明け暮れる日々でしたね。
大学卒業後は父の会社に就職したものの、肉体労働で体を壊して転職。転職した先の広告代理店でも、営業成績が芳しくなく解雇となってしまいました。生きるためにはどうしたら良いのか路頭に迷い始めたその時、父に言われたある言葉を思い出しました。「お前のような人間でも、生きていく方法は二つある。人の3倍働くか、人のやらないことをやるかだ。」後者を選んだ私は、地元になかった家具屋を始めることを決意しました。

似鳥家具店をスタートさせ、二号店を開店させることができたものの、経営は倒産寸前・・・。その時にたまたま参加した「アメリカ家具研修」が私の人生を変える転機となりました。アメリカで過ごした1週間は圧倒と驚愕の毎日でした。モノの値段を安価にすることにより、「買い物を楽しむ」という文化がそこにはありました。それを日本に持ち帰るのが私の最大の目標であり、使命だと感じましたね。
ただ、もともと私は仕事が好きな人間ではありませんでしたし、私にとっての起業は、生き残るための術でした。妻や多くの仲間との出会いがあったからこそ、ここまで来られたのだと思っています。達成できそうにない目標も、仲間と共有すればビジョンになる。それを実現していくうちに、仕事が楽しくなってくる。「自分はダメだ」と思い続けていた私が、すごく前向きになれたこと、人生が変わったことは、人の影響力の大きさを表していると思います。
人生は短いもの。時間が無限にあるという錯覚に陥りがちですが、そうではありません。何のために生きているのかを日々問いながら、自己成長し続けてほしいと願っています。