私は幼少期から、父の影響でものづくりが大好きでした。そのきっかけは、父と出かけた時に偶然見つけた一台の車のおもちゃ。私は欲しくてたまらなかったのですが、とても高価だっためおねだりはできませんでした。しかしその一週間後、父が手作りで同様のおもちゃを作ってくれたのです。あの時の感動は今でも忘れられません。私がものづくりを続けている原点は、きっとそこにあるのだと思います。
1948年に製菓業として父が創業した当社。24歳で入社し、26歳で父の後を引き継ぎ経営に参画することになりました。しかし、そのタイミングで社員のほとんどが退職。一からの立て直しを迫られたのです。それにも関わらず、私は技術も何も知らない状態でした。当然、営業活動も苦戦し、銀行も融資条件を厳しくしてきました。そこで私は、著名な技術研究者やライバル企業へ出向き、技術を教えてくださいと繰り返し直談判を行ったのです。はじめは相手にされませんでしたが、何度も粘り、お願いを続けた結果、教えを乞うことができました。
私は、いつも周囲の人たちに「普通はそこまでやらないよ」と言われ続けてきました。しかし、そこまでやらなければ、とっくに会社を失っていたと思います。存続させるためには何をすればいいのか? 成長させるためにはどこまでやればいいのか? そう考え、常に行動してきたからこそ、今日があるのだと思うからです。
実は昨年、役員たちを連れて屋久島で登山をしてきました。それは、自分自身を見つめ直す機会を持ってほしいと思ったから。杉というのは、普通は300年ほどが寿命。しかし、屋久杉には3000年以上を生きるものがあります。それは、日陰で養分に恵まれず300年を過ごし、周囲の杉たちが倒れた後、ようやく光と養分の中で成長をはじめた杉です。環境に恵まれスクスク育った杉の年輪よりも、遥かにぎっしりと中身の詰まった力強い年輪がそこにはあります。それは人間も同様。これから社会に出る若い方々には、キレイな入社動機を考えるよりもまず、入社後に自分が何をしたいのか、何ができるのかを想像してほしいのです。私が聞きたいのは、目標を達成するためにどんな工夫をしてきたか。そして、失敗をどう乗り越えてきたかという経験談。自分で何かを切り拓こうとしてきた経験こそ、人間を育てるのだと信じています。