大学時代、私を引き付けたのは国際金融の世界。アカデミックな理論もさることながら、世界を駆け巡るマネーのダイナミズムに心奪われ、卒業後は米投資銀行に入社、トレーダーの仕事に就きました。
刻一刻と価値が変動する通貨や金利商品を売買、ヘッジするトレーディングは、一つの失敗で会社に巨額の損失を与えかねない仕事です。私は自分を気が弱い人間だと思っていたので、当初は「とても耐えられない」と感じました。しかし慣れてくると、むしろその責任と緊張感が楽しくなってきます。トレーダーの約11年間は、金融の専門知識だけでなく、職業人としての基礎を作り上げてくれました。
私はキャリアにおいても変化を求めるところがあり、その後新しいステップに進みました。トレーディングの仕事で渡英した後、資金調達を行う顧客と顔を合わせ、債券発行等の仕組みを作る、それまでとは全く異なる業務を行う資本市場部で働きました。その後、英バークレイズに入行し、2016年に日本のバークレイズ証券の社長に就任しました。社長業はいわば駆け出しですが、毎日、新たな緊張を楽しんでいます。

今、世界はより不確実で複雑に、変化はますます激しくなり、これまでのやり方が通用しなくなっています。そのような環境で不安につぶされないためには、「もしこうなったら、私はこうする」と、謙虚にかつ徹底した準備を行うこと、今後起こることを頭の中で映像化し、何度も思い描くことが重要です。もちろん思った通りにならないことは多いのですが、そうならなかった原因を分析し、次に備えることを繰り返すうち、未来が楽しみになり、迅速な行動が取れ、嫌なことがあってもすぐに切り替えられるようになります。
17年ぶりの日本勤務で、以前は聞かなかったある言葉に違和感を持っています。それは「心が折れる」。心が、硬い骨のようにぽきりと折れ、戻らなくなるイメージです。しかし、人の心はそんな硬いものではなく、変化に適応し、自ら形を変え、傷ついても修復し、そして強くなるものだと思います。限られた経験だけで「世の中はこういうものだ」「自分はこういう人間だ」と理解したつもりにならず、心が柔軟で謙虚なうちに、海外勤務を含め、自分の今までの常識が通用しない場に身を置き、ショックを受ける”訓練“をたくさん積んでほしいと思います。