叔父が大阪で事業を営んでおり、いずれはその会社に入って、力になりたいと考えていました。しかし、大学時代に所属したゼミの教授のつながりからたくさんの政治家に接する機会があり、政治の世界に興味を持つようになりました。叔父の会社に入る前に修行を積んでおきたいという思いもあり、卒業後は教授の紹介で、あるベテラン政治家の私設秘書として働き始めました。秘書というと聞こえはいいですが、実際は身の回りのお世話をすること。「何を求められているか」を先読みして動かなければ、厳しく叱られます。しかし、苦しさと楽しさの比率は49対51で、楽しさの方がわずかに勝っていた。この国の政策が目の前で決まる。そのダイナミックさに魅了されずにはいられませんでした。
秘書を4年近く務めた後、叔父の会社に入ったのですが、政治の世界を経験してしまった後では、新しいやりがいを見出すことはとても困難でした。1年が経ってもその思いは変わらず、政治の世界に戻ることを決意。某政党の候補者公募を経て、区議会議員選挙への出馬を目指しました。しかし、選挙の直前で公認候補から外されてしまった。この世界で生き抜いていける力がないのだと自覚し、政治への道を断念しました。
全力投球をしてきたものがことごとく志を果たせず、経歴やプライドが邪魔をして再就職もままならない状況で、なんとしても家族を養わなければならなかった。日銭を稼ぐ毎日で精神的にも追い詰められていたところに、知人から役員運転手の仕事を紹介されたのです。車の運転は秘書時代にも経験があったので「これだ!」と思いました。そこで事業経営のノウハウを独自に学び、独立を果たしたのです。
創業から今季で6期目となり、お客様からのご依頼も順調に増え、事業は成長局面にあると感じておりますが、この先、拡大を図るのか、堅実な経営で行くのか、その舵取りだけは絶対に間違えないようにしたい。自分たちの身の程を知るということを、今でも強烈に意識しています。
何が起こるかなんて誰にもわからないので、5年10年先のことを考えても仕方ありません。私も一瞬一瞬に全力だったからこそ初めて得られたものがあって、それが最終的に今に生かされています。目の前の状況から逃げずに、真正面から向き合う。その積み重ねで道が開け、チャンスを引き込むことができるのです。