「一生一事一貫」という言葉を聞いたことがありますか? 一生を通じてひとつのことをやり遂げるという意味です。私は15歳の時、丁稚奉公に入った大阪の靴下問屋でたまたま靴下と出合い、以来66年間、靴下を扱ってきました。人間、ひとつのことならできるものだと実感しています。
もちろん数えきれないほどの困難にも直面しましたが、私には「解決できる問題しか起こらない」という確信がありました。人は自分の理解の範囲内で物事を捉え、判断します。つまり今、抱えている問題は自分で解決方法を考えられる範囲内の問題だということです。そもそも理解の範囲を超えていたら、最初から困難だと認識することもありません。
心を奮い立たせるもの、支えとなるものは必要です。私の場合は中国の古典がそれでした。奉公先へと旅立つ時、中学でお世話になった先生から「中卒ではこの先、苦労することも多いだろう。そんな時は中国古典を読みなさい」と薦められたのがきっかけです。最初のうちは何が書いてあるのかちっともわからず、『孫子』を「まごこ」と読んだほどでしたが(笑)、3年ばかり読み続けた頃には1冊丸ごと暗唱できるようになっていました。
今から2500年も前に書かれた兵法書は現代にも通じる名言で溢れています。勝利のためには、道(大義名分)・天(時間的条件)・地(地理的条件)・将(リーダーの資質)・法(組織内の規律)が大事だと説く『五事』などはビジネス書にもたびたび登場するので、皆さんも調べてみるといいでしょう。問題点を正しく把握すること、勝算の少ない無謀な戦いはしないこと。これらは今も仕事をするうえでの指針となっています。
興味のある人は『大學』もおすすめです。一度きりの人生をどう生きるか、人の上に立つ者やこれから立とうとしている者の心得とはどうあるべきかといったことが書かれていて、私も新入社員に薦めています。
強く思い描いたことは必ず実現できるはずです。そのためにも自分をまず知ること、そして厳しいことを言ってくれる師匠や先輩の声に耳を傾けることも大切です。もし、わからないことがあったらどんどん人に聞けばいい。論語に「下問を恥じず」という一節があるように、目下の人にものを聞くのは決して恥ずかしいことではありません。体面など気にせず、がむしゃらに。一事に取り組むのも悪くないと思います。