親や親戚の多くが教師という公務員一家に育った私は、「地道にやりなさい」「なるべく安定した道を進みなさい」と幼い頃から言われ続け、強い反抗心を持つようになりました。そのため成果主義を貫くことが自分にとっては当然の思考であり、大学は私学、就職先は外資系企業しか考えていませんでした。
「人の10倍働いて2倍の給料はほしい」。学生の頃にはそんな野心を抱き、就職先を探し始めます。そして選択肢したのが、日本アイ・ビー・エム。同期が2000人ほどいる環境の中、入社時から「トップになろう」と意気込みました。その後、「45歳でアイ・ビー・エムの役員になる」とメモを残し、46歳の時に有言実行。そのメモは今でも大切に持っています。
そして私は48歳の時、日本HPに転職。当時、日本アイ・ビー・
しかし順風満帆とはいかず、これまで自分がいかに会社に守られながら職責を全うできていたのかということを痛感させられました。辞めたことを後悔した瞬間もありましたし、自分の将来に不安を抱いたこともあります。とはいえ、諦めてしまえばそこで終わりです。とにかく成功させねばという一心で、一瞬一瞬、ベストを尽くし生きていこうと気持ちを切り替えました。そんな日々を1年ほど積み重ねた結果、ビジネスはv字回復し、
自分に限界を設けず、大きな目標を持つことは大切だと思います。そして苦労や困難を乗り越えながら仕事をすることも、自分の糧となる良い経験と言えるでしょう。しかし、私の新卒時代と現代では、時代背景が大きく異なります。昔は1つの会社で長く頑張れば、出世していく道筋も見えましたが、今は1年先すら分からない不透明な時代。どんな先人の経験談も参考にはならない、そんな状況下が続いているのです。
だからこそ若い皆さんには、実体験こそが重要だとお伝えしたい。己の体験から学びを得て、一つひとつ目標をクリアしていくことで、私自身も独自のスタイルを確立することができました。そのためにも自分の個性を閉じ込めることなく、恐れずに目の前の壁にぶつかっていくべきでしょう。その勇気こそが、イノベーションが生まれるきっかけになっていくのだと思います。